自分らしく暮らす ワーク&ライフスタイル術

2020.08.03

自分らしく暮らす ワーク&ライフスタイル術
Vol4. 落語家 桂宮治(かつらみやじ)さん

「仕事とプライベート、どちらも大切にしたいけれど、バランスが難しい」そんな悩みを持つ人が多いのではないでしょうか?このコラムでは、仕事に邁進するゲストの日々の過ごし方から、暮らしの中で大切にしていることを紐解いていきます。

今回のゲストは、落語界で数々の賞を受賞し、今や押しも押されもせぬ人気を誇る実力者、桂宮治さん。順調だったサラリーマン生活から一転、31歳で落語家となった経緯や、真打ち昇進が決まった現在の心境、二女一男の子煩悩なパパとしての一面についてもたっぷり語ってもらいました。

 
桂 宮治さんプロフィール
1976年生まれ。東京都品川区出身。落語芸術協会所属の落語家(二ツ目)。2008年に桂伸治(かつらしんじ)に入門。2012年、二ツ目になった7ヶ月後に、NHK新人演芸大賞落語部門大賞受賞。以来、数々の賞を受賞し、落語界ではその実力が広く評価されている。日本テレビ「笑点 若手大喜利」などテレビ・ラジオに多数出演。2021年2月には真打ち昇進が決まっている。

【WORK】年収1,000万円のセールスマンから落語家に転身

―落語の世界を目指したきっかけを教えてください

<模索時代>妻の一言で「やりたいことを仕事にする」と決意


高校卒業後、芝居の養成所で3年ほど演技を学んだ後、フリーで舞台に立っていましたが、役者一本で食べていくのは難しい状況でした。そんな折、役者仲間の先輩から化粧品の店頭販売のアルバイトを紹介してもらったところ、これが大当たり。僕には芝居よりもセールスマンが向いていたようです。営業成績は伸びる一方で、全国各地から指名が入り飛び回るように。6年ほど続けましたが、一生の仕事とは思えず、このまま続けていくことに疑問を抱いていました。

そんなとき、結婚を決めたばかりのかみさんに「やりたくない仕事を続けていても仕方がない。もう1回やりたいことをやれば?」と言われたんです。才能がないと思って離れた芝居の世界にもう一度飛び込む気は起きず、「何か1人でできることはないか」と考えたときに思い立ったのが、セールスマン時代、接客トーク術を学ぶために触れていた「落語」でした。

前座時代の桂宮治さん。新宿末廣亭で楽屋入り時に、桂伸治師匠と撮影した貴重な1枚です


<弟子入り>「この人だ!」と心惹かれた師匠との出会いと覚悟

動画サイトで桂枝雀(かつらしじゃく)師匠の「上燗屋(じょうかんや)」という噺(はなし)を聴き、10回見て10回笑えるおもしろさに衝撃を受け、いよいよ落語家になることを決意。半年後に挙げた結婚式で「会社を辞めます」と宣言をして、当時1,000万円ほどあった年収を捨てました。あのとき、かみさんから「やりたいことをやれば?」と言われていなかったら、今でもセールスマンの仕事を続けていたと思います。


―落語家になると決めて、何から始めましたか?

大小さまざまな寄席をインターネットで検索し、あちこち演芸場を回りながら師匠になってくれる人を探しました。今の師匠(3代目・桂伸治師匠)との出会いは、国立演芸場で行われた落語芸術協会の定席公演でした。師匠がヘラヘラしながら袖から出てきた瞬間、体中に電気が走り、第一声を聴くよりも早く「この人だ!」とピンときました。高座が終わるやいなや、かみさんに「師匠が決まった!」と電話をかけました。まだ直接会ったことも、弟子にしてくださいとも頼んでもいないのに、「この人に人生を預けるんだ」と心に誓ったことを覚えています。
 
それからは、師匠の弟子にしてもらうべく高座へ足を運ぶようになりました。あれは2007年12月のこと。新宿末廣亭(しんじゅくすえひろてい)の前で師匠を待ち伏せしようと思ったのですが、楽屋の入り口が見つからず、手土産の羊羹が入った紙袋を持ってずっとウロウロしていたところ、怪しかったのか職務質問を受けてしまったことも(笑)。足繁く通い3日目に、ようやく師匠と話す機会を得ることができました。意を決して弟子入りを志願したところ、「30歳過ぎ、未経験、既婚」という状況に、当然のごとく猛反対されました。
しかし「すでに落語家になるために会社を辞めた」と食い下がり、かみさんを交えて再度話し合うことに。その際も、師匠は何時間もかけて「やめたほうがいい」と僕たちを説得し続けました。最終的に、「どうするんだい?」と問う師匠に対し、かみさんがテーブルに手をついて「よろしくお願いいたします」と迷うことなく回答した姿を見て、ようやく弟子入りの許可がおりました。
 
<前座時代>つらい修業が噺家(はなしか)の礎となり、一生の仲間を作った
 
31歳で弟子入りしてから半年間ほどは毎日が地獄のようでした。寄席へ毎日足を運び、楽屋で師匠方の身の回りの世話をしながら、所作立ち振る舞いや序列の大切さ、楽屋のしきたりを体に叩き込みます。毎日先輩に怒られ続けながら、師匠方の着物の畳み方、帯の入れ方、広げ方、入れる順番、お茶の種類や高座に上がる前後のお茶の温度の違いなど、ありとあらゆることを覚えました。給金はもらえず、先輩にご飯を食べさせてもらいながらひたすら学び、やっと仲間として認められる。それが落語の世界なのです。
 
前座時代の苦労を共にした仲間で後に結成したのが、落語芸術協会所属の若手二ツ目ユニット「成金」です。つらい時期に同じ釜の飯を食い、先輩師匠に怒られ続けた前座修業時代があったからこそ、一生モノの仲間ができました。今思うと、あの期間は僕らを噺家にしてくれるための一番大事な時間でしたね。すべてを捨てた僕を支えてくれたかみさんの存在はもちろん、「入ったからには一生噺家を続けていく」という強い覚悟があったから、乗り越えられた気がします。つらいけど耐えられるつらさでしたし、何よりワクワクする仕事に出合えたと感じました。
 
成金メンバーの目玉イベントとしてイイノホールで毎年年末に開催している「大成金」のエンディングの様子。写真左から、三遊亭小笑、桂伸衛門(当時は桂伸三)、神田伯山(当時は神田松之丞)、春風亭昇々、春風亭柳若、春風亭昇也、笑福亭羽光、昔昔亭A太郎、瀧川鯉八、柳亭小痴楽、桂宮治(敬称略)の11名が勢揃い


<長女誕生>前座修業と子育ての両立
 
礼節を重んじる落語界では二ツ目に昇進するまで出産・子育ては控えるべきとされていますが、かみさんの年齢的なこともあり、師匠に相談。「本当は良くないんだけど、お前らの人生だから」と認めてもらいました。先輩方からは小言を言われましたが、いざ長女が誕生すると、祝儀をはずんでくれました。
 
前座修業を終えて帰宅するまではかみさんが、帰宅したらかみさんは仕事へ行き、僕が寝ずに子守りをすることに。夜泣きを鎮めるためベビーカーに赤ちゃんを乗せ、夜の10時に街を徘徊する毎日でした。前座時代は給金が交通費程度しか出ないため、セールスマン時代の貯金を切り崩しながら、何とか子育てをしました。今振り返ると一番大変だった時期ですね。
 
<二ツ目>昇進から半年後、まさかの大躍進

―その翌年、前座から二ツ目に昇進しました。どんなところが変わりましたか?
 
落語家の階級は前座→二ツ目→真打ちと上がっていきますが、僕が所属する落語芸術協会の場合、4年間修業を積むと、年功序列で二ツ目に昇進できます。装いが前座時代の着流し(羽織や袴をつけず、着物に帯を締めただけの着姿)から紋付き(家紋が入った着物)に変わり、毎日寄席へ行く生活から、自分で自分を売り込み、仕事を得て稼ぐようになります。真打ちになるまでの10年ほどの準備期間という意味合いも大きく、仲間や先輩方と切磋琢磨しながら落語家としての力を養います。
 
31歳で落語家に転身し、現在は二ツ目になって8年目の桂宮治さん


―二ツ目昇進からわずか半年後、NHK新人演芸大賞落語部門大賞を受賞されましたね

出場した時は「予選を突破して本選に出られたらいいな」程度の気持ちでした。本選に進み、優勝発表でスポットライトが当たった瞬間、嬉しいというより「うわ、やっちゃった!」という顔をしている映像が今も残っています(笑)。「何だかわからないうちに優勝してしまった」というのが正直なところでした。
 
受賞後には自分のキャパシティを越える仕事が増え、二ツ目を10年以上やっている大先輩や若手真打ちと落語二人会を開催したり、国立演芸場で年4回の独演会を開いたりなど、生活が激変。先輩の「(受賞歴は)忘れたほうがいい」という言葉通り、賞を取ったことで慢心するのではなく、より一層、すべての仕事に手を抜かず「何かつめ跡を残していく」という気持ちで目の前の仕事を精一杯こなしました。


―2021年2月に真打ち昇進が内定しました。今の心境は?

<真打ち昇進>「どうしよう」から「期待に応えたい」気持ちに
「春風亭昇太師匠以来29年ぶり、5人抜きの抜擢真打」と言われますが、真打昇進が決まった直後はうれしいというより、「どうしよう」というプレッシャーのほうが大きかったです。でも、SNSなどで祝福のコメントを多数いただいたおかげで、次第に嬉しさがこみ上げてきて、期待に応えたいと思うようになりました。
 
真打ち昇進は、噺家として本当の意味でのスタートライン。そして、お客さまにとって落語との出会いは一期一会。「会場に来て初めて落語に出合う人」「初めて僕を見る人」がいるはずで、僕が今できることを全力で続ければ、僕の噺家としての人生はきっとうまくいくと信じています。
 
結び柏(むすびかしわ)の定紋が入った黒紋付を身にまとう桂宮治さん
仕事道具Check
1.リップクリーム:リップ信者で、365日リップがないと生きていけません。左の袂には必ずリップが入っています。
2.耳栓:カラオケボックスで稽古をするときに使います。歌は歌わず、3~4時間ほどこもり、ひたすら読み稽古をします。
3.染み抜き:打ち上げの席で先輩が何かをこぼしたときのために「シミとりレスキュー」を持ち歩いています。今までに何度も「気が利くな」と喜ばれました。
4.のどケア用スプレー:のどを酷使する仕事柄、メイド オブ オーガニクスの「マヌカハニー+カモミールスプレー」を、マスクとセットで愛用。アレルギー持ちのため、マスクは就寝時も欠かせません。
5.手帳:若手はスマホなどで管理しているようですが、僕はアナログ派。これがなくなったら何も予定がわからない(笑)。
6.ネタ帳:殴り書きでほかの人は読めないと思いますが、全部書き出して、読みながら覚えます。今、復習したいものをかばんの中に入れています。
7.ICレコーダー:稽古をするときに先輩師匠方の声を録音したり、自分の声を吹き込んで聴き返したりするため、噺家は絶対に持ち歩いています。
8.携帯電話:宣材写真を送るなど、仕事関係のやりとりはすべて携帯電話で行います。これがないと仕事になりません。
そのほか、歯ブラシセットひげ剃りといった身だしなみグッズも常に持ち歩いているアイテムです。
 
いつもキャリーケースとトートバッグをセットで持ち歩いていますが、キャリーケースには風呂敷に包んだ着物などを入れています
演者の名前を書いた紙の札「めくり」と「出囃子が入っているCD」は、着物とセットで常に持ち歩いています

【LIFE】家族5人で過ごす時間が、何よりも大切

昨年はグアム、今年はハワイ旅行へ行ったという宮治さん一家。国内旅行にも年に数回、家族で訪れているそう

―宮治さんにとって、家族とはどんな存在ですか?

僕は3人の姉と歳が離れているうえ、父母は稼業が忙しく、家族で食卓を囲んだ記憶も家族旅行の経験もほとんどありませんでした。だから自分が家庭を持った今は、家族で一緒に過ごす時間を人一倍大切にしています。
家族が揃う日は、おうち焼肉や手巻き寿司、鍋パーティをしたり、外食したりと家族の時間を楽しみます。年1回の海外旅行と年3回程度の国内旅行も恒例行事。かみさんも「いつ死ぬか分からないんだから、遊べるときに遊んで、おいしいものを食べましょう」と喜んでくれています。
 
息子はまだ小さいですが、娘たちは、4月から小学4年生と2年生。友だちと遊ぶ予定や習い事で忙しく、僕たちと過ごす時間が減ってきていることが悩みです。最寄り駅まで送り迎えに行くなど、隙間時間に家族と会話できるよう努めています。
 
桂宮治さんは武蔵小山生まれ。高校卒業以降は戸越銀座で暮らし続けているとのこと

―長年、戸越銀座にお住まいですが、家族でよく行くスポットはありますか?

飲食店なら寿司の「勢家」、中華の「百番」、「ステーキハウスB&M」のほか、焼き肉店は気分でいろいろなところに行きますね。暖かくなると、子どもたちと氷屋の「寿々木」へ行くのも定番です。かき氷が100円で食べられて、シロップの種類が豊富なんです。  
あとは、昨日家族で行ったばかりの「戸越銀座温泉」や、「戸越公園」「文庫の森」といった公園も、家族で利用します。
 
「昨日も家族で来たばかり」という戸越銀座温泉。オーナーとは顔なじみの常連だそう


―住まいについても聞かせてください

噺家になる前からこの界隈に住んでいますが、飽きっぽいこともあり近隣で6回ほど引っ越しています。今住んでいるのは90平方メートル弱の賃貸マンション。前居と同じ学区内で選びましたが、現在は子ども3人の5人家族ではやや手狭になってきました。
家の中でお気に入りの場所は、リビングの電動リクライニングソファの上。テレビを見たり、窓の外に見える新幹線や飛行機を眺めたりしながら、くつろいでいます。広めのルーフバルコニーには人工芝を自分で貼り、折り畳み式のテーブルと椅子を置いて、空を見ながらビールを楽しんでいます。
 
住むエリアを変えると運気が変わる気がするし、出張に行きやすい立地や人情味があるところも気に入っていて、この街から離れるつもりはありません。エリア内でより広い物件に引っ越したり、家具を買い替えたりしながら、これからも戸越銀座ライフを楽しみたいですね。
 
セットのソファで、家でくつろぐシーンを再現してもらいました

【WORK–LIFE BALANCE】家族と同じ食卓を囲むことが大切

―子どもたちは、落語に興味がありますか?

今のところ、まったくないようです。以前、子ども向けの寄席に出演した際、長女と次女を呼んだことがあります。当日は満員御礼でしたが、娘たちが後ろのベンチシートで聴いていたのは最初の5分だけ。「家にいるパパと同じだからつまんない!」と、すぐに出て行ってしまいました。ただ、最近はテレビやラジオに出演すると、たまにチェックしている様子。4歳の長男はラジオから聴こえる僕の声が不思議なのか、「パパから電話だ!」と言っているようですが(笑)。
 
 
―自宅で仕事をすることはありますか?

家に帰ったらOFFモードになり、基本的に仕事の話は一切しません。子どもたちが騒がしくて稽古ができないため、「家にいる時間は休む時間」と割り切っている部分もあり、家ではたまにパソコン作業をするくらいです。
 
出演するラジオ番組で喋るネタを考えたいとき、練習したい噺があるなど稽古をしたいときには2~3時間外へ出て気持ちを切り替えます。
 
「鶏&デリ」の唐揚げ「骨なしもも」が、桂宮治さんのお気に入り。「まとめてテイクアウトで購入することが多いです」
落語家という職業柄、平日の夜も土日もなく仕事をしていますが、仕事に負けないくらい、家族も大切です。普段は人前で明るく盛り上げることが多いですが、OFFタイムの僕は「寂しがり屋の人嫌い」。何をするにも、家族と一緒が基本です。
お酒は基本的に毎日飲みます。お酒を飲むために仕事をしているようなところがあり、日本酒以外なら何でも飲みますね。ビールやスパークリングワインなど、シュワシュワしているものが特に好きです。
 

【End roll】桂宮治さんのマイスタイルとは?

セールスマン時代に「ニコニコと笑っていて損をすることは絶対にない」と学んだという、桂宮治さん。「明るい所に花は咲く」という言葉には、毎日笑顔でいると人生が変わるという思いが込められています。自身も必ず口角を上げ、笑顔を作ってから高座に上がることを心がけているとのこと。来年2月の真打ち昇進を控え、快進撃を続ける桂宮治さんのパワーの源は、ポジティブな心と満開の笑顔にあるのではないかと感じました。

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