環境をつくる住まい

02暮らしの境界をまちに広げる Vol.2

時代が変われば、住まいも変わる。
これまでも住まいのカタチは、暮らす人のライフスタイルに合わせて変遷してきました。少子高齢化や空き家など住まいにまつわる課題も見えています。「環境をつくる住まい」では、これからの住まいの環境づくりを、気鋭の建築家の作品を通して読み解いていきます。

Vol.2 西田司/オンデザインパートナーズ まちのリビングをつくる

02暮らしの境界をまちに広げる

体験や時間をシェアすることで人と人が繋がる場づくりを続けるオンデザインパートナーズ。共用広場があるヨコハマアパートメントで1年間暮らした設計者の西田司さんは、「自分ひとりでは到底出会わない事象に遭遇」し、「住人同士が影響しあうシェアの効能を見いだした」そうです。第2回目は、オンデザインが提案する、家の中だけではできなかった豊かな暮らしを実現する「まちのサードプレイス」を紹介します。
西田司/オンデザインパートナーズ

西田司(OSAMU NISHIDA)

1976年神奈川県生まれ/1999年横浜国立大学卒業、同年スピードスタジオ設立/2002〜07年東京都立大大学院助手/2004年オンデザインパートナーズ設立/首都大学東京研究員、横浜国立大学大学院(Y-GSA)助手など歴任
 
西田司/オンデザインパートナーズHP: http://www.ondesign.co.jp/
(撮影:稲継泰介)
Do Disturb(影響し合う)——周囲との関係を楽しむ

2016年のミラノ・サローネで提案した「MINI LIVING –Do Disturb.」(撮影:大谷宗平/ナカサアンドパートナーズ)

——2016年のミラノサローネ(イタリアで毎年開催される世界最大級の家具見本市)で、自動車ブランドのMINI(BMW社のブランド)から「MINI LIVING-Do Disturb.」という居住空間を提案されています。プライベート空間とコラボレーティブ・リビングと呼ぶシェア空間から成る構成です。提案の背景を教えてください。

西田 戦後の日本では、家を所有することが重視されてきました。都市が高密度化するに伴って、土地や空間を所有するために細分化してきたわけです。つまり、建築行為としては、境界となる壁をつくり続けてきたんです。字義通り「壁をつくる」というのは、関係を閉ざすことに繋がります。そのことが、社会にとってよいことだったのか、と今の時代の人たちは疑問を持ち始めたのだと思います。
 
今、日本では全世帯の中で単身者の割合が33%。2人暮らしと合わせると60%を超えます(総務省2018年1月世帯人員別の世帯数分布より)。家族同居が主流でまちが構成されていた時代には意識されなかった孤独死など、寂しいことが起こっています。
 
人間は、5大欲求の中に「群れる」というのがあるそうです。それは自己承認欲求です。人は、一人でいるだけでは難しく、承認される環境に自分をおくことでストレス・フリーになります。その環境のひとつが昔は家族だったわけです。でも一人暮らしをしていると、承認欲求を満たす場所が必要になります。職場だったり、サードプレイスなど趣味の場所だったり……。でも、住居の中にも、他者との承認関係を発生させる価値を持たせることができるのではないかと考え、設計者として提案したのが「MINI LIVING-Do Disturb.」でした。

「MINI LIVING-Do Disturb.」の壁を開いた状態。(図提供:オンデザインパートナーズ)

「MINI LIVING-Do Disturb.」の壁を閉じたプライベートの状態。(図提供:オンデザインパートナーズ)

「Do Disturb」というのは、MINIのクリエイティブディレクターがつくった言葉で、互いに影響し合うという意味です。暮らしの豊かさに繋がる発見や、自分の成長を促す何かを分け合う、そういう周囲との楽しい関係性をどうやってつくるのかがテーマでした。
 
プライベート空間は30㎡くらいで、コラボレーティブ・リビングに向けて家の一部を開く仕組みを提案しています。壁が厚みのある棚になっていて棚の中にたとえば本や雑貨など住人の趣味のものが入っています。それを開いた瞬間に外側にライブラリーや、雑貨店が生まれるというわけです。パタパタと棚(壁)を開けたり、閉じたりすることで、ある時間帯はシェアだけど、ある時間帯はプライベートという状況をつくります。
ライフステージにあった住まいとコミュニティづくりを考える

相鉄線の南万騎が原駅前に誕生したまちづくりの拠点「みなまきラボ」。(写真提供:オンデザインパートナーズ)

——プライベート空間の境界をゆるやかにすることで、暮らしが豊かになる場づくりですね。相模鉄道(以下相鉄)いずみ野線南万騎が原駅のみなまきラボは、さらに暮らしの境界が広がる取り組みですね。

西田 これは、まちの未来を考えるまちづくりの拠点です。横浜から郊外に延びる相鉄は2010年に創業100年を迎え、そのときに「Vision100」という成長戦略ロードマップを描きました。
 
その中で、「ターンテーブル」と呼ぶモデルをつくっていました。それは、家族から独立した単身者、子育て世代、そして子どもが巣立った後のシニア世代が、それぞれのライフスタイルに合った住宅に住み替えながら相鉄線沿線に暮らすという構想です。例えば駅前の団地をリニューアルして、シニア世代が移り住む。空いた一戸建ての方には若手のファミリーが住まうなどです。電鉄会社として沿線の宅地開発をそれまではやってきたけれど、今後はコミュニティデザインやエリアマネジメントをする拠点をつくろうということで誕生したのが「みなまきラボ」です。若い世代が引っ越ししてすぐにそれまでに培われたまちのコミュニティに溶け込むのは難しいですから、住人同士の関係をつくる場所が必要だと考えたんですね。
駅前にまちのリビングをつくる

——「みなまきラボ」は、具体的には何をする場所なのですか?

西田 駅前にちょっと広いリビングのような場所ができると、個人住宅の中ではできなかったことが可能になります。たとえばお料理教室とか、裁縫教室とか、子どもを預かって保育ママ制度を活用しようとか。アクセサリーをつくってマルシェで売ったり、小商いも可能になります。

「みなまきラボ」の平面

横浜国立大学、横浜市、相鉄ビルマネジメントで運営委員会をつくり、その事務局をオンデザインがやっています。「なぜ設計事務所が運営を?」と思うでしょう。理由のひとつは、事務局をやることで地域のニーズなどの情報が集まるからです。
 
駅前には商業施設や飲食は昔からありますが、それ以外のニーズがあるのが現代だと思っています。図書館とか公民館とか、体育施設とか従来の建築のビルディングタイプでつくるには大げさだけれど、たとえば自分の家ではできないことが、ここでならできるという場所が近所にあるといいですよね。ラボに求められる具体的なニーズから、現代の駅前とは何の場所なのかということについて、考えることができるんです。

「みなまきラボ」では、まちを楽しむイベントやワークショップを開催。(写真提供:オンデザインパートナーズ)

みんながここでやりたいと思っていることを拾い上げられると、駅前の価値が見える化できるのではないかと思っています。そこにいると豊かだと感じられる場所を、今後どのようにしてまちの中につくっていくのかを探るために、運営事務局として関わらせてもらっています。

——家の中だけではなく、まちの中で暮らしを豊かにしていく活動ですね。次回は、東日本大震災で大きな被害をうけた石巻の、中心市街地の再生について、お伺いします。

Vol.2 西田司/オンデザインパートナーズ「まちのリビングをつくる」全3回

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