Interview

海洋環境専門家 木村尚さん Vol.13

人と人とのつながりが、海を変えていく

その昔、豊富な海の恵みで江戸の人々の胃袋を満たし、多彩な食文化を生み出してきた東京湾。高度経済成長と引き換えに失ったかつての豊かな海はどのように取り戻せるのでしょうか。テレビ番組でもご活躍の海洋環境専門家・木村尚さんに、東京湾の魅力と再生への課題についてお伺いしました。
プロフィール

木村尚(きむらたかし)

NPO法人海辺つくり研究会 事務局長

1956年神奈川県横浜市に生まれる。東海大学海洋学部卒業。NPO法人海辺つくり研究会理事(事務局長)他、東京湾を子どもたちが泳げる豊かで美しい海にしたいと考え、東京湾の環境やまちづくりに関連する多数の市民活動にも協力している。主な著書は『都会の里海・東京湾』、『森里川海をつなぐ自然再生』(共著)など。現在、日本テレビ系列「THE!鉄腕!ダッシュ!!-ダッシュ海岸-」にレギュラー出演中。

気付けば、いつも海と共に

― まず初めに木村さんが海に興味を持たれたきっかけを教えてください。
私は横浜生まれの横浜育ちで、物心ついたときには海がそこにあったんですが、原体験は石川県の能登半島なんです。父親が仕事で長期出張になることが多かったので、幼稚園の頃からたびたび母の実家がある能登へ預けられていました。地元の子供は海へ行って、泳ぐことを覚え、潜って魚を獲ったりして夢中で遊んでいました。そんな子供たちを、引退した漁師のじいさんが面倒見てくれてね。気がついたら海にいた、という感じ。そのころから、ほぼずっと海に関わっています。
 
― 海洋環境専門家になろうと思ったのはなぜでしょうか?
もともと海の環境の調査をする仕事をしていたんです。例えば開発工事があったときに、環境にどのような影響を与えるか、また影響を出さないための方法を検討していましたが、たとえ悪影響があったとしてもそれを止められるわけでもない。そのときにこのままでは自然が持たないだろうなと思ったんです。ところが当時の環境保全は反対運動ばかりで具体的な活動をしているところがなかった。だとしたら誰かがやらなきゃいけないよなって。それで40歳くらいのときに、人生80年だとしたら残り半分。1回きりの人生だからと会社を辞めて現在の活動を始めました。

東京湾を世界遺産に

― 東京湾はどんな海ですか?
千葉県の富津岬と神奈川県の観音崎を結んだ線の北側を東京湾内湾、それより南側、千葉県の洲崎と神奈川県の剣崎を結んだ線の内側が東京湾外湾です。内湾のほうは平均水深約15メートルの浅い海、一方、外湾は一気に水深約800メートルまで深くなります。
東京湾は生き物の数は少ないけど種類が多いんです。北方系の生き物が3割、南方系の生き物が7割。メバルやアミメハギ、カレイなど浅い場所を好む魚だけでなく、深海に生息するタカアシガニやゴブリンシャーク、ホタルイカなどもいて、とても豊かな生態系を持っています。このように浅い海と深い海が両方あり、環境が悪くても一定レベルの生き物の量を保っていて、かつ高度に経済発展している場所は世界的に見ても他にありません。だからこそ、経済発展と豊かな自然環境の両立が実現できれば、東京湾は世界遺産にもなれると私は思っているんです。
 
― 木村さんが理事を務めていらっしゃる「海辺つくり研究会」では、ワカメやアマモなど藻場を育てる活動をされていますね。
私が中学・高校くらいの頃の東京湾はかなり汚れていました。そこから比べればさまざまな場所での努力のかいがあり、少しずつ海はきれいになってきています。ですが、生き物の量を増やすために欠かせない干潟や藻場が、東京湾ではまだまだ少ないのが現状です。
“海のゆりかご”ともいわれるアマモは海の中に生える植物で、魚の産卵する場所、稚魚が隠れる場所になる他、光合成を起こすので酸素を出してくれます。そうすると赤潮や青潮、貧酸素などの解消にもつながりますし、沖合の水が悪くなったときに生き物たちの避難場所となるんです。これは大きいですね。
「海辺つくり研究会」ではアマモの種取りや移植を行っていまして、個人や企業の方々など年間3千人くらいが参加してくださっています。それでも東京湾近郊の人口は3千万人いますから、活動を広げて3千人を3千万人にしたいんです。東京湾の面積は1380平方キロメートル。1人でやると無理だなって思いますけど、3千万人でやれば1人当たりたかだか50平方メートルですからね。
 
― 東京湾再生を目指すテレビ番組にご出演されて何か変化がありましたか?
これまでは相手(海)が巨大過ぎて、人間が手を加えてよくなるのか、ちょっとやったくらいでは変わらないと諦めている人が多かったと思うんです。だけど、少しずつでも動けば成果が出るんだってことを、番組を通して皆さんが気付き始めた。1人の人間ができることはほんのちょっとですけど、たくさんの人がいろいろな場所でやっていくと、それが連鎖するんです。「向こう三軒両隣」って言葉がありますけど、まさにそんな話でそう思う人が全国に広がれば、あっという間に環境はよくなっていくんですよ。
 
例えば多摩川にはアユがいるんですが、それは川の人たちが努力した結果なんです。「ゴミ拾いは大変ですね」とその方たちに言うと、彼らは「いや、ここで拾わないと海の人たちに迷惑を掛けるでしょ」って。さらに「アユが遡上(そじょう)できるようになったのも、海の人たちが稚魚の居場所をつくってくれたからだよ」と。そういうコミュニケーションが、自然環境を扱っていく中で大切なんだろうなと思います。

楽しみながら育む

― 休日の過ごし方を教えてください。
休日はないです(笑)。東京湾の他に青森や熊本、山口など地方の海にも関わっているので、いろいろな場所に行っています。11月には大阪の阪南で「第11回全国アマモサミット」が開催されるのでその準備もしています。とはいえ、あまり使命感だけでやっていると窮屈になってしまうので、その土地のおいしいものを食べながら楽しんでやっています。
 
― もうすぐ夏休みですが、お薦めの海岸があれば教えてください。
東京湾だと、今応援しているのが千葉の館山ですね。館山は今、一生懸命アマモを増やそうと頑張っていて、自然も豊か。ガイドもいるのでお薦めです。全国でいうと、奄美、壱岐対馬の壱岐、それと高知の柏島、小笠原…“きれい”な海はこんな感じですが、実は濁っている海だって科学的に汚染されているわけではなく、プランクトンが豊富だと濁って見える。生き物がたくさんいる住みやすい海ということなんですよ。
 
― 今の活動を通して皆さんに伝えたい思いは何でしょうか?
日本には“八百万の神”という言葉があるように、私たちは昔から自然を敬いながら共生してきた民族です。また、国際的には日本の里山、里海が高く評価されています。そんな私たちが自然を介してつながり、一人ひとりが得意分野を生かせば、きっと環境はあっという間によくなります。コミュニティーを再生し、自然を大切にする。そういうライフスタイルになれば、それこそ東京湾を世界遺産にすることだって夢じゃないんです。そんな東京湾になったら本当に素敵だなと思いますね。

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