環境をつくる住まい

02歴史と対話しながらつくる建築 Vol.3

時代が変われば、住まいも変わる。
これまでも住まいのカタチは、暮らす人のライフスタイルに合わせて変遷してきました。少子高齢化や空き家など住まいにまつわる課題も見えています。「環境をつくる住まい」では、これからの住まいの環境づくりを、気鋭の建築家の作品を通して読み解いていきます。

Vol.3 川添善行/空間構想一級建築士事務所 空間とコトをデザインする

02歴史と対話しながらつくる建築

前回紹介した現代アート作品「Karaoke&Humankind」とはうってかわって、今回は歴史ある「東京大学総合図書館」の改修・増築について伺います。建築をリノベーションをするとき、どのようなことに留意すればよいのか、事例をもとにヒントをいただきました。
川添善行/空間構想一級建築士事務所

川添善行(YOSHIYUKI KAWAZOE)

1979年神奈川県生まれ/東京大学卒業後、オランダ留学を経て、博士号を取得/東京大学准教授/主な建築作品に、ハウステンボスにある「変なホテル」(ギネス記録に登録)、「東京大学総合図書館別館」など/著書に「空間にこめられた意思をたどる」(幻冬舎)、「このまちに生きる」(彰国社)など
 
空間構想一級建築士事務所HP: http://kousou.org
過去と現代を接続する空間

東京大学総合図書館(東京都文京区)。設計監修:東京大学キャンパス計画室(野城智也・川添善行)・同施設部 設計施工:清水建設

——建築家であり、東京大学生産技術研究所准教授として大学のキャンパス計画に関わっていらっしゃいます。その中で手掛けた本郷キャンパスの「東京大学総合図書館」(1928年竣工)の改修、別館の増築についてお伺いできますか。

川添 改修はとても面白いと思っています。使い方も、構造の方式も、現代とは違います。新築でつくるよりも不便だという考えもありますが、その場所に積もってきた時間と話合いをすることだと考えると、設計者としては楽しいことです。
 
明治時代にキャンパス整備をする学内組織として東京帝国大学営繕課(現東京大学キャンパス計画室)というのが設置されます。その後、関東大震災(1923年)でキャンパス内が被災します。その復興のひとつとして、当時の営繕課長、内田祥三さんが図書館を設計したというのが、東京大学キャンパス計画室と「東京大学総合図書館」の歴史的な背景です。余談ですが、戦後GHQがキャンパスを接収する話があったとき、それを断固拒んだのが、当時大学総長だった内田さんだったそうです。
 
図書館の改修に関わるとこになり、築約90年の構造を調査すると、もはや鉄筋コンクリート造なのか、鉄骨造なのか分からない。いわば「鉄骨コンクリート造」みたいな感じ(笑)。現代から見ると、建築のつくり方、考え方が圧倒的に違うのだということを実感しました。
 
間取りはというと、建築当時は閉架書庫だったものを、高度成長期に学生数が増加するのに伴って、開架書庫に変更していました。当初想定していた建物とは使い方が変わっていたということです。常識が違う時代の建物をどうやって現代に接続させるか。そこに時間的な緊張関係が生まれてくるのが面白いと感じました。

噴水池を、地下のライブラリープラザのトップライトとして再生(撮影:中倉徹紀)

断面図 東京大学総合図書館は、本館の改修とともに、将来的に約300万冊収蔵できる別館の増築が行われた。キャンパス内でも重要なオープンスペースである図書館前広場の下にライブラリープラザ、その下には地下46mの自動書架を設けた。(図提供:東京大学キャンパス計画室)

図書館前広場にある噴水の下に設けられた別館のライブラリープラザ(撮影:中倉徹紀)
場の記憶を空間に纏う

別館増築後の見学会で、説明をする川添さん(写真右)(撮影:中倉徹紀)

——既存の建物を更新するときに、どのようなことに配慮すればよいでしょうか。

川添 ケースによると思いますが、図書館では、「モノとしての価値」と「コトとしての価値」というふたつを指標化をしました。基本的に、税金を投じて行う事業ですから、建築物としての価値がないと改修はできません。歴史的な価値は何かということを議論しながら進めました。
 
例えば、モノとしての価値を挙げると、「立派な材料を使っている」、「当時の職人さんの技術力」などです。コトの価値としては、太平洋戦争の末期にここで法学部系の教授が集まり終戦の議論をしていたなど、学内の記録集を紐解いてさまざまな歴史的な出来事を調べていきました。
 
そうすると、「あの部屋でカレー食べた」とか、さまざまな人の空間の記憶が浮かび上がってきました。一見とるに足らないような話でも、多くの人が記述していることがあります。それをプロットしていくと、人々の記憶に深く残っている部屋、あまり記録されていない部屋などがなんとなく浮かび上がってきます。人の中に積もっている歴史の重みを再認識しました。
 
それを手がかりに、ある部屋は竣工当時の素材を使って90年前の空間を再現するとか、ある部屋はパソコンが使える現代的な設えにするとか、重み付けをして、改修しました。
 
歴史を直接的に空間のデザインに置き換えるのは非常に難しい。でも、それを分かっている人とそうでない人がデザインするのでは、違うものになると思います。建築にできることは、そうした言語化できない大切なものを空間にして、今それを使う人々や、後世の人々に残していくことかなと思います。

約90年間の空間の変遷と記憶を重ね合わせ、復元(赤線囲み)、継承(青線囲み)をする部屋を決めた。復元された部屋(建設当時:記念室/1985年以降:雑誌閲覧室)は、人々の記憶が多かった。(図提供:東京大学キャンパス計画室)

増築した別館の平面図(図提供:東京大学キャンパス計画室)

配置図 図書館は、東京大学キャンパスツアーに申し込めば、見学可能。
言語化されない空間の価値を表出

——住まいをリノベーションしていくときは、どのような視点をもつとよいでしょうか。

川添 リノベーションは、今後ますます増えていくと思います。それは、過去と対話する機会が増えていくことです。最新技術をつかった高性能住宅は快適ではありますが、何でもかんでも新しいものがよいというわけでもないと思います。時間軸の中で相対的に、多角的な視点で考える必要があると思っています。
 
そして、新築・改修にかかわらず、言語化して経済合理性を追求する空間が増え、価値観が一辺倒になってしまうことを危惧しています。住宅市場は、「駅から徒歩○分、○○㎡、nLDK、築○年」と、住宅を情報化して、利用者にとって分かりやすくしてきた歴史があります。情報の検索性を高めて、多くの人がそこにアクセスでき、選択性が高まりました。忙しい人でも、多くの物件を短時間で検索・比較できるようになったことは、大きな発明で、歴史的な飛躍だったと思います。
 
でも、その情報の出し方に慣らされてしまうがために、それが場所の価値のすべてだと思い込んでしまう危険があります。「ここは居心地がいい」とか、本当は皆分かっているはずですから、それをどうやって湧き出させて、表出していくか……。僕たち設計者だけではなく、利用者にとっての課題でもあると思っています。そういうことを多くの人が意識したまちや住まいになっていくといいなと思います。

川添善行さん(撮影:Studio SETO)

——最新技術をつかった「変なホテル」(長崎県、ハウステンボス内)を設計しています。技術と建築の関係について、そして多角的な視点で空間を考えることについて、次回は具体的にお伺いします。
Vol.3 川添善行/空間構想一級建築士事務所「空間とコトをデザインする」全3回

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