Interview

野球解説者 中畑清さん Vol.10

一番大切なものはなんなのか 私はそれをスポーツから学んだ
 

人を育てる、ということ。人に伝える、ということ。

現役時代は『絶好調男』『ヤッターマン』などの愛称で親しまれた中畑清さん。 引退後、2012年からは横浜DeNAベイスターズの初代監督に就任するなど、野球界で活躍を続けてこられました。 一指導者として、どのような気持ちでいまの時代の若者たちに接してきたのか、野球に対する想いなど、お話を伺いました。
プロフィール

中畑 清(なかはた きよし)

駒澤大学卒業後、1975年にドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。4番を打つなど“絶好調男”としてチームの勝利に貢献。労働組合・日本プロ野球選手会初代会長に就任。1989年に現役を引退。2004年アテネオリンピック野球日本代表ヘッドコーチ兼監督代行として銅メダルに導き、2012年から2015年まで横浜DeNAベイスターズ監督に就任。現在は野球解説者、野球評論家として活躍。

人のために、誰かのために。それを教えてくれるスポーツ、野球。

――現場を離れて2年になりますが、現在の横浜DeNAベイスターズをご覧になられていかがですか。

私が監督のとき、“スポーツは明るくいきいき元気よく”っていう精神のもと、さらに勝利への執念をしっかり持って、みんなが同じ方向を向くことを伝えてきたつもり。今のベイスターズはそういう雰囲気になっていると思う。すごく良いチームになっていると思うよ。筒香(嘉智)がその雰囲気をつくりだしている感じがするね。自分が打てなくても他の選手の活躍で喜ぶ、応援する。そういうことができる選手に成長したね。野球ってなにを教えてくれるのかっていうと、自己犠牲を教えてくれるスポーツだと思う。人のために、誰かのためにという風にプレーすることができる。あらためて、野球ってすばらしいスポーツだと思う。人づくりの原点なんじゃないかな。教育、躾に大切なものはなんだって言われたら、自己犠牲の精神だな。相手の立場になって物事が考えられること。決して上から目線じゃなくてね。上から目線っていうのは嫌いなんだ。
 
――中畑監督のお手本となった方はいらっしゃるんですか。

アマチュア時代を含めるとまた違うんだけど、私の監督像は、王(貞治)さん、長嶋(茂雄)さん、藤田(元司)さん。この3人がお手本になっています。3人が3人、素敵な監督でした。それぞれ違うんだけど、そのいいとこ取りをしてやろうと思ってやっていたからね。その人たち3人を足して5で割る、みたいな?(笑)。計算がヘンだけど、そのくらい幅があって、いろんな対応力があればちょっと違う世界が生まれるんじゃないかなってね。よく言われる「監督というものは知的で、判断力があって、冷静で…」ってさ、それじゃあ誰がやったって一緒じゃん?それがいやだったんだよね。

チームは家族。選手一人ひとりの親のつもりで。

――高校を卒業したばかりの18歳の選手など、若い世代の選手たちには監督としてどのように接してこられたのですか?

肩書は監督だったけど、そういう意識はあまり持たずに接していたよ。選手に限らず、いまの若い世代の人たちは笑いというかね、明るさに飢えていると思っているんだ。特に、我々みたいな年上の人間から明るくコミュニケーションをとっていく、ということにね。 だから、表現が難しいんだけど、「目線を下げる」というのとは違って、選手たちとの“年齢差”を埋めることにものすごく努力をしたつもり。そのために、選手たちとの交流を一番大事にしてやってきた。チームは家族だと思っている。チームづくりをするんじゃなくて、人づくりをしなくちゃいけない。人づくりをして初めてチームが成り立って、戦力があがっていく。一人一人の能力を高めていくことによって、チーム力があがっていく。それが本当のチームだと思っているよ。
 
――実際に4年勤められて、手応えはいかがだったのでしょうか?

どうだろうね(笑)。ただ、いまの活躍をみて嬉しい部分はあるよね。素直な良い選手ばかりだったから。私は4年間、選手たちの“人のよさ”を利用したつもり。“人のよさ”っていうのは“素直さ”なんだよね。そこを引き出してやることに注力した。返事ひとつにも出るんだよ。納得がいってないときは、返事も「はい!」じゃなくて、「はぁい」ってなっていたりとかさ。良い返事は、本当に納得したときにしか出ないわけ。だから、「あ、理解してくれたんだな」っていうときはすぐにわかったし、そのためにかけた時間というのはお互い有意義に感じることができたと思う。迷いがある間は、絶対努力しないし、頑張れないんだよ。だから、目的意識を明確にしてあげてね。タイプはいろいろ、十人十色だけれど、いろんな人間がいるから世の中は楽しいのであって、その人間を教育していくのは一人の親のような気持ちと同じ。そういう気持ちで選手たちには接してきたよ。

失敗してもその経験は財産。
何かやり遂げたよろこびは、体験した人間しか味わえない。

――野球解説、テレビ・ラジオ出演など、言葉で人に伝えることが多くおありかと思います。気をつけていることなどはありますか。

もともとはすごく口下手で、人前で喋れない人間だったんだよ。内弁慶で。それが変わったのはやっぱり環境のせいかな。周りの人に納得してもらうには、言葉で伝えるしかない。自分流の言葉でしかないけれど、正直に自分の心を口で表現して伝えるための努力をしてきたつもり。あとは自分の経験を生かして伝えることかな。自分の財産って、経験しかないからね。いままでにあった良いことも悪いことも、すべて自分の財産だと思ってるよ。
あと心の持ち方では、切り替えをしっかりできるかかな。失敗や嫌なことって引きずるのが人間なんだけど、それをどう切り替えて小さい失敗談におさめていくかだね。どう自己コントロールできるかってことかな。長嶋さんなんかそうだよね。切り替えの天才。反省はするけど、後ろは振り向かない。前向きな生き様、生き方ができる人。そういうことができる人は、そんなに多くいるもんじゃないな。だいたい人間はマイナス思考でできているんだから。それをプラス思考にもっていく潜在能力はすごいものを感じる。あの人の生き様とか言葉力とか、すべてが私にとって師という存在。

――中畑さんが、いま伝えたいことはありますか。

何かやり遂げたよろこびは、体験した人間しか味わえないんだぞっていうことを伝えたい。私はそういったものを得るためのチャレンジ精神とかを、スポーツに教えてもらった。汗流してやり遂げたものは何物にも代えがたい感動がある。こんなに充実感が味わえるものはないと思っている。だからあらためて、スポーツを教育に結びつけるものを考えたいよね。人の目をみて話ができないとか、挨拶ができないとか、よくないよね。人間教育、躾(しつけ)という言葉をもう一度見直していかないといけない。いまは、人の品位に差が出てきてしまっていると思うな。“躾”っていう字は、“美しい身”って書くじゃない? それを作るのは心。心の面をどうやって教えるか、スポーツを通してできることがなにかあると思うので、伝えていけたらいいね。

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