ディスカバー北海道

魅力あふれる函館エリア
-HAKODATE-

古くは縄文時代から大規模な集落が幾つもあり、幕末から明治にかけて大きく変動する歴史の舞台にもなった函館。北海道の中でも歴史の古いまちである函館には「夜景」や「海産物」だけではない様々な魅力があり、知れば知るほど新たな発見があります。

昔は島だった函館山

くびれた地形の成り立ち

函館といえば、函館山から扇状に広がる市街地の景色や夜景がおなじみです。この美しくくびれた地形は、大昔は島だった函館山と陸地との間に長い年月をかけて砂が堆積し、やがて陸地と函館山が砂州でつながったことによって生まれました。自然の力が形成したこの独特の地形が、海に囲まれてくっきりと浮かび上がる美しい夜景を生み出しています。

世界文化遺産の登録を目指す史跡「大船遺跡」

縄文時代から栄えた函館

函館市では数多くの縄文時代の遺跡が発掘されており、食料や気候に恵まれた暮らしやすい場所だったことがうかがえます。なかでも、南茅部地区にある史跡「大船遺跡」と「垣ノ島遺跡」は規模が大きく、大船遺跡からは100棟を超える竪穴建物跡からなる住居域と大規模な盛土遺構が、垣ノ島遺跡からは約6000年間も定住していたことを示す集落遺跡と国内最大級の大規模な盛土遺構がそれぞれ発掘されています。両遺跡は「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産として、世界文化遺産の正式登録を目指しています。

函館を代表する建築様式で建てられた和洋折衷住宅

函館にもペリー来航

アメリカのペリー艦隊が日本を訪れて開国を迫った時、実は函館にも立ち寄っています。上陸前は大変な騒ぎになったそうですが、いざ上陸してみると函館の人は案外すんなりペリー一行を受け入れ、水兵らも買い物をしたり演奏会を開いたりして楽しんだと記録されています。開国後、函館は横浜や神戸などと共にいち早く諸外国に向けて開かれ、各国の領事館などが置かれました。それとともに一気に外国文化が流入し、西洋文化と日本文化が入り混じった、独特の函館文化が醸成されていきました。

諸外国の脅威に備えて幕末に築かれた五稜郭

戊辰戦争終結の地となった五稜郭

開港によって諸外国の船や人が一気に函館に入ってきたため、幕府は防備上の理由から、函館湾から丸見えだった箱館奉行所を内陸部に移し、西洋式の城郭を築きます。これが現在も残る五稜郭です。その後まもなく勃発した戊辰戦争では、この五稜郭が幕府勢力と明治政府の最後の戦いの地となりました。

函館市の「市の魚」に制定されているイカ

函館の海鮮がおいしいわけ

函館といえば「海の幸の宝庫」といったイメージが全国的に定着している通り、津軽海峡と太平洋の2つの海に囲まれ、漁業や水産加工業が盛んです。なかでも沿岸で採れる真昆布は生産量日本一を誇ります。このほか、「市の魚」に制定されている「イカ」、美容や健康に良いとされるぬめり成分フコイダンなどを豊富に含む「がごめ昆布」、漁獲量が年々増加している「天然ブリ」など、豊富な水産資源に恵まれています。港と消費地が近いことから、いつでも朝どれの新鮮な魚介類が市場やスーパーなどに並ぶのも函館ならではです。

湯の川温泉をはじめ、市内各所に豊富な温泉が湧出している

街じゅうの至るところに温泉

函館には北海道の三大温泉郷のひとつとして旅行者に人気の「湯の川温泉」 があり、そのほか市内各所に数多くの日帰り温泉施設や温泉銭湯もあります。温泉がとても身近にあるため、函館市民は日常的に日帰り温泉に通います。早朝から営業している温泉や、浴槽につかりながら海を一望できる温泉もあり、それぞれの施設によって泉質もさまざま。次の函館旅行では、日帰り温泉に立ち寄ってみませんか。

写真提供 おいしい函館
http://gourmet.hakobura.jp/